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スズナが母方の家に帰ったのはじつに10年ぶりのことだった。
5歳の時、ここを訪れてからは15の今を迎えるまでずっと来ることはなかった。
べつに両親の仲が悪かったとか、母方の家がスズナが来るのを拒んだとかいうわけではない。
ただ、スズナは5歳の時、両親の都合でアメリカに行き,今まで帰ってくることがなかったのである。
それがなぜ帰ってくることになったかというと、1本の電話がきっかけだった。
「えっ?手術?」
母の口から伝えられたそれは母方の家からの急な知らせだった。
母の母、つまりスズナの祖母が手術をすることになったというのだ。
前から祖母が病気をもっていることは、知っていた。でも,まさか手術なんて・・・。
途方にくれるスズナに母の口からはさらに信じられないことを伝えられた。
「その手術は成功する確率が30%もないの。もうおばあちゃんは、スズナに会えないかもしれない。
行ってくれるわね,すずな。事は一刻を争うのよ。」
10年ぶりに訪れた祖母の暮らす村は10年前からすっかり姿を変えていた。
村の大部分の道がコンクリートになっているし,家も新しく何件かたっているように見える。
しかしその中で唯一変わらないものを見付けた。
それは村の入り口に聳え立つ大きなくすの木。そこは10年前祖母と別れた場所だった。
スズナが思わず足を止めて木を見上げると、その木は「お帰り」と言わんばかりに
日光をさえぎるほどに広がった青葉をカサカサと音をたてて揺らした。
初めてこの木に出会った時は見上げるのに苦労したっけ。
スズナは5歳の頃の記憶を辿るように目の前にそっと小指を立てた右手をかざした。
「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った♪」
最後に祖母と別れた時スズナは祖母とこのくすの木の前でお互いの小指を絡ませた_。
いつまでもアメリカに行くのが不安で泣いてばかりいた自分に祖母が自分を支えてくれるおまじないだと教えてくれた。
「スズナ約束だよ。またいつか遊びに来ておくれ。」
「うん、約束する。また会おうね。」
「いつまでも待ってるよ。じゃあ・・・」
「じゃあ・・・」
「約束!」
「約束!」
あれから10年経った。自分には昨日のことのように感じるけど・・・
「スズナちゃん!?」
くすの木の前で呆然としていたスズナの耳に懐かしい声が響いた。
声がした方に振り向くと、そこには驚いたように青い軽四の車から顔を出すメイおばさんがいた。
外見は別人に見えるほどがらりと変わっていた。
10年でこんなに変わるものなのかしら。
メイおばさんのあまりの変わり振りに改めて10年という時の長さを感じた。
10ねんまえ、メイおばさんはまだ30代になったばかりだった。
「そう、おばあちゃんに会いに来てくれたの。おばあちゃん先週から入院していて明日手術することになっているの。
いい時に来たわね。今ならまだ会えるわよ。」
スズナから事情を聞いたメイおばさんはすぐにスズナを病院につれていったくれた。
「母は仕事があるので明日来ると言っていました。」
「そう。どうしてスズナちゃんだけ先に来たの?」
「一日も早くおばあちゃんい会いたくて。おばあちゃんとまた会うって約束したから。」
突然シン・・・となった。
車のエンジン音がやけに大きく聞こえるほどに。
「あの・・・喜ぶでしょうか、おばあちゃん。」
いやなよかんを胸に感じながら尋ねるスズナにさらにおいうちをかけるようにメイおばさんの表情が曇った。
「・・・覚えていたらね。」
重く開かれたメイおばさんの口から出た言葉をスズナはすぐに理解できなかった。
覚えていたらってどういうこと?明らかに戸惑っているスズナを尻目にメイおばさんはさらに続けた。
「人はね,歳をとると少しずつ大切なものを忘れていくの。まるでなにも知らない子供に戻るように。
おばあちゃんはもう娘の私のことも覚えてないの。だからスズナちゃんのことも忘れていると思うわ。」
メイおばさんの言った事は本当だった。
病棟の個室で10年ぶりに再会する孫に祖母が最初にかけた言葉は「誰?」だった。
この時スズナは悟った。
たとえ自分の中では祖母は強く生きていたとしても祖母の中では自分はとっくの昔に消えていたのだと。
何を期待していたのだろう。
祖母が自分のことを覚えているはずがないではないか。
自分はアメリカにいたのだ、10年も・・・
「手術・・・頑張ってね。」
震える唇でやっとそれだけ言うことができた。あとはもう涙を堪えるだけで精一杯だった。
祖母はスズナの言葉ににっこりと微笑んだ。
「もちろんよ。まだ死ねないわ,大切な約束があるから。」
「約・・・束・・・?」
スズナは祖母に聞き返した。
すると祖母はまるで遠い過去の記憶を引き出すように遠い目をして言った。
「10年くらい前にくすの木の前で5歳くらいの女の子と約束をしたの。
泣き虫な女の子で『じゃあ約束』と言って私の目の前を走って行った。
なんの約束をしたかは覚えてないけど、
つらい時も苦しいときもその女の子との約束が私を支えてくれた。
おかげで私はここまで生きてこれた。
きっと私はあの女の子との約束を果たすまで死なない気がする。
ええ,絶対死ねないわ。」
涙が止まらなかった。約束は10年経っても二人の絆をつないでいた。
そして約束はおばあちゃんを支えてくれていた。約束の力って凄い!
「おばあちゃん、絶対手術成功させようね。生きてその女の子との約束を果たそうね。」
スズナはスッと小指を立てた右手を祖母の前に差し出した。
祖母に生きる力を与えてくれるならどんな約束だってする。
嘘もいっぱいつく。だから・・・ね?生きて,おばあちゃん・・・
祖母は差し出された小指を見て何か思い出したようにその小指に自分の小指を絡めた。
そしてスズナと静かに唱えた。
「じゃあ、約束。」
次の日,スズナはくすの木の前で二人の幼い子供がお互いの小指を絡め合っているのを見た。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます、指切った♪」
二人の微笑ましい光景に,ふと成功率30%の手術を乗り切った祖母のことを思い出した。
テレビから流れるニュースよりずっと不確かな事だけど、誰が作ったかわからないその歌は,
確実な情報を求められる21世紀の中で,
人の命を支えるほどの強い力を秘めて今も毎日歌われているのである。
イラスト ユミ
END