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一瞬のことだった。
耳に車のブレーキ音が響いたかと思うと、菜香は横断歩道の真ん中で宙に浮いた。
交通事故なんて人事だと思っていた。今の今まで・・・。
交通事故で臨死体験をした人はよく痛みを感じないというが本当だった。
地面に強くたたきつけられたかと思うと痛みを感じるまもなく菜香は雲の上にいた。
背中にはちゃんと天使の羽がついている。自分は天国にきたのだと菜香は思った。
しばらくぼんやりしていると目の前を小さなシャボン玉が通った。
1つや2つではなくまるで川のようにいくつもいくつも通り過ぎていく。
菜香はなんだか楽しくなってシャボン玉をつかまえようとした。すると・・・
「だめだよ。さわっちゃ。せっかく生まれた命なんだから。」
突然声がしてビックリして振り向くと・・・。
そこにはパンダのフードを身につけた小さな少年がいた。
「ごめんなさい。あんまりきれいだったからつい・・・。でも、あなた誰?」
「ぼくはスピリット。スッピーでいいよ。それより・・・。」
スッピーは怪訝そうな表情で菜香をみた。
「君こそ誰?何でここにいるの?」
「私は菜香。何でって言われても私はもう魂なんだから天国にいたって不思議じゃないでしょ。」
「ここは天国じゃないよ」
スッピーがさらりと言った言葉に菜香は青ざめた。
「天国じゃないって・・・じゃあ、ここはどこ?」
「魂が生まれるところだよ。菜香はどうやら天国の道から外れたようだね。いや、
神様がわざとはずしたんだな。君に何かを伝えるために。」
そういうとスッピーは菜香の手を引いてシャボン玉が通る道を走り出した。
菜香に何かを伝えるために。やがて菜香の目の前に上に向かって流れる美しいシャボン玉の川が現れた。
「きれい・・・」
川にすっかり目を奪われた菜香にスッピーはシャボン液が入った小さなボトルを差し出した。
「吹いてみなよ。」
菜香はおそるおそるシャボン玉をふくらませた。
ストローの先についたシャボン玉は少しずつ膨らみ、透明な色から虹色へと姿を変え、やがてストローから離れた。
空中にフワフワ浮いたシャボン玉はやがて吸い込まれるように川の流れの中に消えていった。
「あのシャボン玉はどうなるの?」
「やがて肉体を持って誰かのために生きるんだよ」
「誰かのために?」
「そうさ、どんな命だって誰かに何かを伝えためるために生まれるんだよ。
たとえ短くても、その命はどこかに自分の、自分にしか伝えることが出来ないメッセージを残してくるんだ。
この川に流れている魂、シャボン玉には1つ1つ違うメッセージが込められている。君の中にも・・・。」
菜香はふと自分の胸に手を置いた。
「生きる価値のない命はどこにもない。メッセージを持っていない命もどこにもない。
生きるために、誰かに何かを伝えるために命は生まれるんだ。」
スッピーはニコッと笑った。
何故だろう。まだ自分は死んではいけない気がした。
まだ、伝えていないメッセージを持っている気がした。
そんな菜香の気持ちを察したのかスッピーは、
「この川に飛び込めばまた君のいた世界に戻れるよ。」と言った。
菜香は無言のまま、これから生まれる命の川へ飛び込んだ。
青い世界が広がった。
そう、まるで車と衝突して体が宙に浮いたときに見たあの青空のような・・・。
気がつくと、菜香は病院のベッドの上にいた。
目を開けると母が泣きはらした目で自分を見下ろしていた。
「菜香、助かって良かった。もうこんなバカなまねしないでね」
バカなまね?何のことか母に聞こうと思ったけれど、
チューブやマスクに縛られている菜香にそんな気力はなかった
数日後、チューブやマスクから解放された菜香は一通の手紙を目にした。
そこには、いじめられていた苦しい日々が長々とつづられ、その中に何度も
「生まれてこなければ良かった」」と書かれてあった。それは菜香が書いた遺書だった。
菜香は自分の遺書を読みながら腹を抱えて笑った。
頭の上でスッピーが何度も言った。
『死は自分では選べない。選ぼうとしても神様が許さない。
君は自分のメッセージをまだ届けてないでしょ・・・』
空の上、また一つパンダ少年スピリットの手でメッセージが生まれた。
イラスト ユミ
END